海外赴任経験のある人は、現地の公的年金や私的年金(企業年金)に加入しているケースが多いです。 この海外赴任経験者が被相続人である場合、海外の公的年金から遺族年金が支給されたり、海外の年金口座に未受給年金が残っていたりすることがあります。 海外の公的年金や私的年金は、日本の相続税の課税対象になる可能性が高く、適切な税務処理をしないとペナルティを課せられる可能性があります。 また、海外の公的年金や私的年金は、国や年金の種類によって相続手続きが異なる上に、公証翻訳などを求められることもあるため注意が必要です。 この記事の目次 [] 1.海外の年金制度は「公的年金」と「私的年金」の2種類がある海外赴任経験者は、海外の年金制度に加入しているケースが多いです。 海外の年金制度は、公的年金と私的年金(企業年金)の2種類があり、国によってその取り扱いが大きく異なります。 公的年金とは、国が運営する年金制度のことです。 海外で一定期間働いていた海外赴任経験者が、その国の公的年金制度に加入していた場合、受給資格を満たしていればその国の公的年金を受給できます。 そして、海外の公的年金の加入者が死亡した場合、受給資格を満たしていれば、配偶者や子などの遺族が「遺族年金(Survivor Benefit)」を受給できることもあります。 代表的な海外の公的年金と最低加入期間は、以下の通りです。 公的年金の名称最低加入期間アメリカ Social Security 40クレジット(10年相当)以上 ドイツ Rentenversicherung 5年以上 英国 State Pension 通算10年以上 フランス Assurance vieillesse なし 韓国 国民年金(국민연금) 10年以上 日本と社会保障協定を締結している国の場合、日本と加入期間を通算できる制度が設けられていることもあり、上記の最低加入期間を満たしていない場合でも、要件さえ満たせば、その国の公的年金を受給できることもあります。 例えば、アメリカであれば日米通算で40クレジット(10年)以上の加入期間があれば、米国社会保険税支払い期間が最低6クレジット(1年半)以上という要件を満たすことで、年金を受給できます。 海外の公的年金制度について、厚生労働省「海外の年金制度」や日本年金機構「主要各国の年金制度の概要」をご覧ください。社会保障協定の詳細については、日本年金機構に問い合わせされることをおすすめします。 1-2.私的年金私的年金とは、老後資金対策として、公的年金の上乗せ給付を保証する制度のことです。 元海外赴任勤務者の場合、以下のような私的年金(企業年金・個人年金)に加入していることがあります(特に外資系企業)。 日本の企業年金の代表的なものは、以下の2つのパターンがあります。 確定給付型企業年金(DB)企業が退職後の従業員生活を保証するために、将来の給付額が決まっている年金制度のこと。給付額は、従業員の勤続年数や給与などで計算される。 確定拠出型企業年金(DC)企業が掛け金を拠出して、従業員が運用する年金制度のこと。 給付額は、従業員の運用実績によって変動する。 この他にも、国によって様々な種類の私的年金があります。 例えば、亡くなった人がアメリカに赴任経験がある場合、「個人退職勘定(IRA)」や「確定拠出年金(401k)」に加入しているケースが多いです。 \\CHECK// 年間3,000件超の相続税申告実績を誇る、相続税専門の税理士法人チェスターでは、専門性が高い「国際相続部」を設置しております。 海外赴任経験者が加入していた海外の公的年金や私的年金は、日本と同様に、受給停止や遺族年金申請などの手続きを行わなくてはなりません。 しかし、海外の公的年金や私的年金の申請方法は、日本の申請方法とは異なります。 この章で、海外の公的年金や私的年金の相続手続きのポイントを解説するので、ぜひ参考にしてください。 2-1.年金制度の種類や加入状況を確認まずは、亡くなった海外赴任経験者が、どの国で・どのような年金制度に加入していたのかを把握しましょう。 例えば… 加入していた年金の種類 加入状況 受取人指定の有無 海外の公的年金に加入していた場合は、遺族年金の受給要件を満たしているのか、誰が遺族年金を受給できるのかを把握しなくてはなりません。 私的年金の場合、亡くなった海外赴任経験者が指定した受取人が存在するかどうかを確認します。 2-2.年金手続きの申請先や問い合わせ先を把握次に、海外の公的年金や私的年金の相続手続をする、申請先や問い合わせ先を把握します。 例えば… 公的年金機関 企業年金の提供会社 証券会社 日本と協定を締結している国の公的年金である場合、日本の年金事務所および年金相談センターの窓口で、申請について案内してもらえることもあります。 詳しくは、厚生労働省「海外の年金制度」をご覧ください。 2-3.年金の請求手続きの必要書類を把握海外の公的年金や私的年金の請求先が分かれば、請求手続きで提出が求められる必要書類を把握しましょう。 海外の遺族年金の請求には、以下のような書類の提出が求められるのが一般的です。 相続手続きで必要とされる主な書類 現地の年金請求申出書 現地の年金手帳や年金証書のコピー 戸籍謄本(扶養家族全員分) 死亡診断書 日本語で記載されている戸籍謄本や死亡診断書は、英語や現地言語への翻訳が必要となります。 国によっては、公証翻訳や在外公館での証明などが求められる場合がありますので、大使館などに確認を取りましょう。 3.海外の公的年金や私的年金と日本の税務海外赴任経験者(日本国籍)が日本国内で亡くなった場合、相続人は「居住無制限納税義務者」もしくは「非居住無制限納税義務者」に該当します。 そのため、被相続人が相続開始時(死亡時)に所有していた、国内財産と海外財産に対して相続税が課税されます。 では、海外の公的年金や私的年金は、国外財産として日本の相続税の課税対象になるのでしょうか? 3-1.海外の遺族年金は「みなし相続財産」として相続税が課税海外の公的年金から遺族に給付される遺族年金は、みなし相続財産として、日本の相続税の課税対象となります(2025年7月現在)。 この理由は、海外の遺族年金の受給権は、相続税法における「契約に基づかない定期金に関する権利」に該当するためです()。 一方、この相続税が課税された年金受給権ですが、実際にこの年金の受け取りをするときの所得税については、被相続人の「勤務」に基づく恩給や年金に該当する年金であれば、所得税は非課税として取扱います()。 相続税法第三条 六 被相続人の死亡により相続人その他の者が定期金(これに係る一時金を含む。)に関する権利で契約に基づくもの以外のもの(…略…)を取得した場合においては、当該定期金に関する権利を取得した者について、当該定期金に関する権利(…略…) 出典:e-Gov法令「」 日本の公的年金(国民年金や厚生年金)から支給される遺族年金も、上記の「契約に基づかない定期金に関する権利」に該当します。 しかし、厚生年金保険法等の個別の法律の規定に租税を課さない旨の定めがあるため、日本の遺族年金は相続税の課税対象にはならない、という見解のようです(国税庁ホームページ)。 現在、アメリカの遺族年金に相続税が課税されるのは不合理であるとして争われていた事案が、審査請求から訴訟に移行しています(東裁(諸)令5第45号)。 今後の裁判の展開によっては、海外の遺族年金の税務の取り扱いが見直される可能性もありますので、必ず最新情報を確認しましょう。 詳しくは、「外国の遺族年金が相続税の課税対象とされるのは何故?」をご覧ください。 3-2.被相続人名義の私的年金や未支給年金等も相続税が課税される相続開始時点で被相続人名義として残っている、以下のような私的年金資産や未支給年金等は、相続税の課税対象となる可能性があります。 【企業退職年金】 【個人の積立退職年金】 【個人年金保険】 なお、契約形態が「終身契約」で死亡により権利が消滅するような場合には、死亡時点で年金支給が終了となり遺族に何も支払われるものがないか、一時金で遺族が受け取れる資産があるかによって、相続税の取扱いが異なります。 必ず国際相続に強い税理士に相談し、相続税が課税されるか否かを確認しましょう。 4.海外の公的年金や私的年金を遺族が受け取った場合の評価額の計算方法亡くなった海外赴任経験者が加入していた、海外の公的年金や私的年金を遺族が受け取り、日本の相続税の課税になる場合は、相続税評価額を計算する必要があります。 定期金として受け取るのか、一時金として受け取るのかで、評価方法が異なりますのでご注意ください。 4-1.海外の遺族年金の評価方法(終身定期金として受け取る場合)海外の公的年金から支給される、遺族年金及び海外の私的年金から支給される遺族年金のうち、その遺族の終身で受け取れる年金については、受給権利者が将来的にわたって定期的に遺族年金を受け取ることとなりますので、定期金に関する権利の「終身定期金」として評価を行います()。 具体的には、以下の①~③のいずれか多い金額が評価額となります。 ①解約返戻金の金額 海外の公的年金には「①解約返戻金」はなく、「②一時金」の給付もできません。そのため、実務では「③複利年金現価」が評価額として適用されます。 複利年金現価は、権利を取得した者に係る余命年数に応じて、当該契約に基づき給付を受けるべき金額の一年当たりの平均額に、当該契約に係る予定利率による「複利年金現価率」を乗じて得た金額とされています。 具体的な計算方法は、【(月額×12ヶ月)×複利年金現価率】となり、相続開始時のTTBレートで円換算することとなります。 詳しくは、「アメリカの遺族年金には日本の相続税が課税│評価方法も解説」もあわせてご覧ください。 なお、生前から配偶者が年金に加入していた被相続人公的年金の他に、「配偶者年金(Spousal Benefits)」を受け取っている場合もあります。 被相続人が死亡をすると、「配偶者年金」は受給できなくなり、「遺族年金(Survivor Benefits)」を受給するケースが多く見受けられます。 この場合、「遺族年金」は従来から受け取っている「配偶者年金」に一部年金額が追加されたように見えますが、年金の種類が「配偶者年金」から「遺族年金」に全額切り替わっている場合には、新たに遺族年金全額に対して年金受給権を取得したと考えて計算すべきではないかと思われます。 4-2.海外の遺族年金の評価方法(有期定期金として受け取る場合)海外の公的年金から支給される遺族年金及び海外の私的年金から支給される遺族年金のうちある一定の期間まで受け取れる年金については、定期金に関する権利の「有期定期金」として評価を行います()。 具体的には、以下の①~③のいずれか多い金額が評価額となります。 ①解約返戻金の金額 海外の公的年金には「①解約返戻金」はなく、「②一時金」の給付もできません。そのため、実務では「③複利年金現価」が評価額として適用されます。 4-3.海外の私的年金の評価方法(一時金として受け取る場合)海外の被相続人名義の口座に残された私的年金を、遺族が一時金として受け取る場合には、死亡日時点の時価一時金としての支払額を計算して、それを円換算して評価額とします。 具体的には、相続開始時点の口座残高や受取権利の価値を、円換算することとなります。 5.二重課税を回避する「外国税額控除」や「租税条約」亡くなった海外赴任経験者が加入していた、海外の公的年金や私的年金が相続財産とみなされると、日本のみならず、外国の相続税の課税対象になることもあります。 そうなると、日本と外国で相続税が二重課税されることとなってしまいます。 このような二重課税を回避するために、相続税には外国税額控除という税額控除が設けられています。 5-1.外国税額控除を適用する外国税額控除とは、外国で税金を納めていた場合、二重課税を回避するために、日本の税額から一定額を控除できる税額控除のことです。 相続税の外国税額控除においては、以下のいずれか少ない方の金額を控除額として適用できます。 外国税額控除について、詳しくは「相続税の外国税額控除とは?二重課税を防ぐ手続き・計算方法を解説」をご覧ください。 6.海外の公的年金や私的年金が係る国際相続は専門家に依頼がおすすめ海外赴任経験者が加入していた公的年金や私的年金の相続手続きは、英語や現地の言語で行う必要があります。 申請書はすべて英語や現地の言語となり、さらに日本の身分証明書類を現地の言語に翻訳する必要が生じることもあります。 場合によっては、公証役場での認証や翻訳証明などを行う必要になるときもあります。 仮に公的年金や私的年金が複数国にまたがる場合、各国での手続きが必要となってしまいます。 そのため、海外の年金も適正に税務申告に反映できる税理士に相談をされることをおすすめします。なお、各国での手続きが必要となるものの、その国の手続きを行うことが難しい場合は、その国の弁護士等に相談されることをおすすめします。 6-1.チェスターグループにご相談を税理士法人チェスターは、年間3,000件超の相続税申告実績を誇る、相続税専門の税理士法人です。 税理士法人チェスターでは、国際相続を専門に取り扱う「国際相続部」を設置しております。 外国の公的年金や私的年金を含む日本の相続税申告はもちろん承っております。 海外赴任経験者の相続に係る相続税申告について疑問がある方は、まずはお気軽にご相談ください。 >>【公式】税理士法人チェスターに相談する 7.海外の公的年金や私的年金の相続でよくある質問(FAQ)海外の公的年金や私的年金の相続で、よくある質問をまとめましたので参考にしてください。 7-1.海外の遺族年金に相続税が課税されるのは不公平では?日本の公的年金から支給される遺族年金は相続税の課税対象外ですので、不公平と感じられることも多く、現在係争中の事例もあります。 今後は税務の取り扱いが見直される可能性もありますが、現行法では海外の遺族年金は相続税の課税対象となります。 このような背景を理解した上で、生前から相続税対策などを検討することが重要といえるでしょう。 なお、遺族年金の受給者が配偶者である場合は、相続税の配偶者控除が適用できるため、税負担を軽減することは可能です。 7-2.英語ができないけど相続手続きできる?海外の公的年金で日本と協定を締結している場合、日本年金機構を通じて申請手続きできることがあります。 大使館などを経由することもありますが、最終的には英語や現地語での申請手続きが必要です。 英語や現地の言語が分からない方は、社会保険労務士等の専門家に手続きの代行依頼をすることもできるようです。 7-3.相続税の申告期限に間に合わなそうなときはどうする?海外の公的年金や私的年金の全容が分からないまま、相続税の申告期限に間に合わなさそうな場合は、判明している財産のみで相続税申告をしましょう。 その後、海外の公的年金や私的年金の詳細が判明次第、修正申告を行うこととなります。 相続税の申告期限があるにも関わらず申告期限を過ぎてしまった場合は、いかなる理由であれ、無申告加算税と延滞税という二重のペナルティが課せられますのでご注意ください。 詳しくは「相続税の申告期限を過ぎたらどうなる?ペナルティ・デメリット・対処法を解説」をご覧ください。 8.まとめ被相続人が海外赴任経験者である場合、年金口座や遺族年金の確認は相続人の重要な仕事です。 海外の公的年金や私的年金については、税務や相続手続きの難しさを理解し、早めの情報整理と専門家への相談を心がけましょう。 相続税の申告期限は、相続の開始を知った日の翌日から10ヶ月以内です。 書類不足や申告漏れを防ぐためにも、早い段階で国際相続に強い税理士に相談をしましょう。 ※この記事は専門家監修のもと慎重に執筆を行っておりますが、万が一記事内容に誤りがあり読者に損害が生じた場合でも当法人は一切責任を負いません。なお、ご指摘がある場合にはお手数おかけ致しますが、「→掲載記事に関するご指摘等」よりお問合せ下さい。但し、記事内容に関するご質問にはお答えできませんので予めご了承下さい。 国際相続の申告手続きでお困りですか? 海外に相続財産がある場合や、相続人の方で海外居住者また外国籍が含まれる方がいる場合は税理士法人チェスターが提供する国際相続のサービスをぜひご利用ください。 英語対応が可能なので、相続人で日本語が話せない方がいても安心してご相談いただけます。 まずは海外が絡む相続であっても日本の相続税の課税対象かフローチャートで簡単に確認ができますので、以下のページよりサービスと併せてご覧ください。 国際相続に関する
この記事の監修者税理士法人チェスター東京本店代表 (東京税理士会日本橋支部所属|登録番号:143997号) 国税OB税理士(国税庁出身税理士)。税理士法人チェスターの東京本店代表。 \採用キャンペーン実施中!-/
|